2015年4月2日木曜日

夏目漱石 『坊っちゃん』 01-04

夏目漱石 『坊っちゃん』 一
Soseki Natsume Botchan

母が病気で死ぬ二三日にさんち前台所で宙返りをしてへっついの角で肋骨あばらぼねを撲うって大いに痛かった。




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 母が病気で死ぬ二三日(にさんち)前台所で宙返りをしてへっついの角で肋骨(あばらぼね)を撲(う)って大いに痛かった。母が大層怒(おこ)って、お前のようなものの顔は見たくない
と云うから、親類へ泊(とま)りに行っていた。するととうとう死んだと云う報知(しらせ)が来た。そう早く死ぬとは思わなかった。そんな大病なら、もう少し大人(おとな)しくすればよかったと思って帰って来た。そうしたら例の兄がおれを親不孝だ、おれ
のために、おっかさんが早く死んだんだと云った。口惜(くや)しかったから、兄の横っ面を張って大変叱(しか)られた。
 母が死んでからは、おやじと兄と三人で暮(くら)していた。おやじは何にもせぬ男で、人の顔さえ見れば貴様は駄目(だめ)だ駄目だと口癖のように云っていた。何が駄目なんだか今に分らない。妙(みょう)なおやじがあったもんだ。兄は実業家になるとか云ってしきりに英語を勉強していた。元来女のような性分で、ずるいから、仲がよくなかった。十日に一遍(いっぺん)ぐらいの割で喧嘩(けんか)をしていた。ある時将棋(しょうぎ)をさしたら卑怯(ひきょう)な待駒(まちごま)をして、人が困ると嬉(うれ)しそうに冷やかした。あんまり腹が立ったから、手に在った飛車を眉間(みけん)へ擲(たた)きつけてやった。眉間が割れて少々血が出た。兄がおやじに言付(いつ)けた。おやじがおれを勘当(かんどう)すると言い出した。

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【待駒(もちごま)】
 将棋において,相手の王が逃げられないように,予め自分の駒を打っておくこと.

【勘当】
 親子・師弟などの関係を絶つこと.

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