2015年8月27日木曜日

夏目漱石 『坊っちゃん』 04-02

夏目漱石 『坊っちゃん』 四
Soseki Natsume Botchan

  教師も生徒も帰ってしまったあとで、一人ぽかんとしているのは随分ずいぶん間がけたものだ。


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  教師も生徒も帰ってしまったあとで、一人ぽかんとしているのは随分ずいぶん間がけたものだ。宿直部屋は教場の裏手にある寄宿舎の西はずれの一室だ。ちょっとはいってみたが、西日をまともに受けて、苦しくって居たたまれない。田舎いなかだけあって秋がきても、気長に暑いもんだ。生徒のまかないを取りよせて晩飯を済ましたが、まずいにはおそった。よくあんなものを食って、あれだけに暴れられたもんだ。それで晩飯を急いで四時半に片付けてしまうんだから豪傑ごうけつちがいない。飯は食ったが、まだ日がれないからる訳に行かない。ちょっと温泉に行きたくなった。宿直をして、外へ出るのはいい事だか、るい事だかしらないが、こうつくねんとして重禁錮じゅうきんこ同様な憂目うきめうのは我慢の出来るもんじゃない。始めて学校へ来た時当直の人はと聞いたら、ちょっと用達ようたしに出たと小使こづかいが答えたのをみょうだと思ったが、自分に番がまわってみると思い当る。出る方が正しいのだ。おれは小使にちょっと出てくると云ったら、何かご用ですかと聞くから、用じゃない、温泉へはいるんだと答えて、さっさと出掛でかけた。赤手拭あかてぬぐいは宿へ忘れて来たのが残念だが今日は先方で借りるとしよう。

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