2015年8月27日木曜日

夏目漱石 『坊っちゃん』 04-01

夏目漱石 『坊っちゃん』 四
Soseki Natsume Botchan

  学校には宿直があって、職員が代る代るこれをつとめる。



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  学校には宿直があって、職員が代る代るこれをつとめる。ただたぬきと赤シャツは例外である。何でこの両人が当然の義務をまぬかれるのかと聞いてみたら、奏任待遇そうにんたいぐうだからと云う。面白くもない。月給はたくさんとる、時間は少ない、それで宿直をがれるなんて不公平があるものか。勝手な規則をこしらえて、それがあたまえだというような顔をしている。よくまああんなにずうずうしく出来るものだ。これについては大分不平であるが、山嵐やまあらしの説によると、いくら一人ひとりで不平をならべたって通るものじゃないそうだ。一人だって二人ふたりだって正しい事なら通りそうなものだ。山嵐は might is right という英語を引いて説諭せつゆを加えたが、何だか要領を得ないから、聞き返してみたら強者の権利と云う意味だそうだ。強者の権利ぐらいならむかしから知っている。今さら山嵐から講釈をきかなくってもいい。強者の権利と宿直とは別問題だ。狸や赤シャツが強者だなんて、だれが承知するものか。議論は議論としてこの宿直がいよいよおれの番にまわって来た。一体疳性かんしょうだから夜具やぐ蒲団ふとんなどは自分のものへ楽に寝ないと寝たような心持ちがしない。小供の時から、友達のうちへとまった事はほとんどないくらいだ。友達のうちでさえいやなら学校の宿直はなおさら厭だ。厭だけれども、これが四十円のうちへこもっているなら仕方がない。我慢がまんして勤めてやろう。

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