2015年9月5日土曜日

夏目漱石 『坊っちゃん』 04-06

夏目漱石 『坊っちゃん』 四
Soseki Natsume Botchan

 それからまた床へはいって横になったら、さっきの騒動そうどうで蚊帳の中はぶんぶん唸うなっている。


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 それからまた床へはいって横になったら、さっきの騒動そうどうで蚊帳の中はぶんぶん唸うなっている。手燭てしょくをつけて一匹ずつ焼くなんて面倒な事は出来ないから、釣手つりてをはずして、長く畳たたんでおいて部屋の中で横竪よこたて十文字に振ふるったら、環かんが飛んで手の甲こうをいやというほど撲ぶった。三度目に床へはいった時は少々落ち付いたがなかなか寝られない。時計を見ると十時半だ。考えてみると厄介な所へ来たもんだ。一体中学の先生なんて、どこへ行っても、こんなものを相手にするなら気の毒なものだ。よく先生が品切れにならない。よっぽど辛防しんぼう強い朴念仁ぼくねんじんがなるんだろう。おれには到底やり切れない。それを思うと清きよなんてのは見上げたものだ。教育もない身分もない婆ばあさんだが、人間としてはすこぶる尊たっとい。今まではあんなに世話になって別段難有ありがたいとも思わなかったが、こうして、一人で遠国へ来てみると、始めてあの親切がわかる。越後えちごの笹飴ささあめが食いたければ、わざわざ越後まで買いに行って食わしてやっても、食わせるだけの価値は充分じゅうぶんある。清はおれの事を欲がなくって、真直まっすぐな気性だと云って、ほめるが、ほめられるおれよりも、ほめる本人の方が立派な人間だ。何だか清に逢いたくなった。

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