2015年9月6日日曜日

夏目漱石 『坊っちゃん』 10-03

夏目漱石 『坊っちゃん』 十
Soseki Natsume Botchan

 こう考えて、いやいや、附ついてくると、何だか先鋒せんぽうが急にがやがや騒さわぎ出した。



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 こう考えて、いやいや、附ついてくると、何だか先鋒せんぽうが急にがやがや騒さわぎ出した。同時に列はぴたりと留まる。変だから、列を右へはずして、向うを見ると、大手町おおてまちを突つき当って薬師町やくしまちへ曲がる角の所で、行き詰づまったぎり、押おし返したり、押し返されたりして揉もみ合っている。前方から静かに静かにと声を涸からして来た体操教師に何ですと聞くと、曲り角で中学校と師範しはん学校が衝突しょうとつしたんだと云う。
 中学と師範とはどこの県下でも犬と猿さるのように仲がわるいそうだ。なぜだかわからないが、まるで気風が合わない。何かあると喧嘩をする。大方狭せまい田舎で退屈たいくつだから、暇潰ひまつぶしにやる仕事なんだろう。おれは喧嘩は好きな方だから、衝突と聞いて、面白半分に馳かけ出して行った。すると前の方にいる連中は、しきりに何だ地方税の癖くせに、引き込めと、怒鳴どなってる。後ろからは押せ押せと大きな声を出す。おれは邪魔じゃまになる生徒の間をくぐり抜けて、曲がり角へもう少しで出ようとした時に、前へ! と云う高く鋭するどい号令が聞きこえたと思ったら師範学校の方は粛粛しゅくしゅくとして行進を始めた。先を争った衝突は、折合がついたには相違そういないが、つまり中学校が一歩を譲ゆずったのである。資格から云うと師範学校の方が上だそうだ。
 祝勝の式はすこぶる簡単なものであった。旅団長が祝詞を読む、知事が祝詞を読む、参列者が万歳ばんざいを唱える。それでおしまいだ。余興は午後にあると云う話だから、ひとまず下宿へ帰って、こないだじゅうから、気に掛かかっていた、清への返事をかきかけた。今度はもっと詳くわしく書いてくれとの注文だから、なるべく念入ねんいりに認したためなくっちゃならない。しかしいざとなって、半切はんきれを取り上げると、書く事はたくさんあるが、何から書き出していいか、わからない。あれにしようか、あれは面倒臭めんどうくさい。これにしようか、これはつまらない。何か、すらすらと出て、骨が折れなくって、そうして清が面白がるようなものはないかしらん、と考えてみると、そんな注文通りの事件は一つもなさそうだ。おれは墨すみを磨すって、筆をしめして、巻紙を睨にらめて、――巻紙を睨めて、筆をしめして、墨を磨って――同じ所作を同じように何返も繰くり返したあと、おれには、とても手紙は書けるものではないと、諦あきらめて硯すずりの蓋ふたをしてしまった。手紙なんぞをかくのは面倒臭い。やっぱり東京まで出掛けて行って、逢あって話をするのが簡便だ。清の心配は察しないでもないが、清の注文通りの手紙を書くのは三七日の断食だんじきよりも苦しい。


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