2015年1月11日日曜日

芥川龍之介 『羅生門』 05

芥川龍之介 『羅生門』
Ryūnosuke Akutagawa Rashōmon


見ると、楼の内には、噂に聞いた通り、幾つかの死骸しがいが、無造作に棄てて



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 見ると、楼の内には、噂に聞いた通り、幾つかの死骸しがいが、無造作に棄ててあるが、火の光の及ぶ範囲が、思ったより狭いので、数は幾つともわからない。ただ、おぼろげながら、知れるのは、その中に裸の死骸と、着物を着た死骸とがあるという事である。勿論、中には女も男もまじっているらしい。そうして、その死骸は皆、それが、かつて、生きていた人間だと云う事実さえ疑われるほど、土をねて造った人形のように、口をいたり手を延ばしたりして、ごろごろ床の上にころがっていた。しかも、肩とか胸とかの高くなっている部分に、ぼんやりした火の光をうけて、低くなっている部分の影を一層暗くしながら、永久におしの如く黙っていた。
 下人げにんは、それらの死骸の腐爛ふらんした臭気に思わず、鼻をおおった。しかし、その手は、次の瞬間には、もう鼻を掩う事を忘れていた。ある強い感情が、ほとんどことごとくこの男の嗅覚を奪ってしまったからだ。

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