2015年1月11日日曜日

芥川龍之介 『羅生門』 12

芥川龍之介 『羅生門』
Ryūnosuke Akutagawa Rashōmon

下人は、太刀をさやにおさめて、その太刀のつかを左の手でおさえながら、



 下人は、太刀をさやにおさめて、その太刀のつかを左の手でおさえながら、冷然として、この話を聞いていた。勿論、右の手では、赤く頬に膿を持った大きな面皰にきびを気にしながら、聞いているのである。しかし、これを聞いている中に、下人の心には、ある勇気が生まれて来た。それは、さっき門の下で、この男には欠けていた勇気である。そうして、またさっきこの門の上へ上って、この老婆を捕えた時の勇気とは、全然、反対な方向に動こうとする勇気である。下人は、饑死をするか盗人になるかに、迷わなかったばかりではない。その時のこの男の心もちから云えば、饑死などと云う事は、ほとんど、考える事さえ出来ないほど、意識の外に追い出されていた。

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