2015年1月11日日曜日

芥川龍之介 『羅生門』 04

芥川龍之介 『羅生門』
Ryūnosuke Akutagawa Rashōmon


それから、何分かの後である。羅生門の楼の上へ出る、幅の広い梯子の中



前へ

 それから、何分かの後である。羅生門の楼の上へ出る、幅の広い梯子の中段に、一人の男が、猫のように身をちぢめて、息を殺しながら、上の容子ようすを窺っていた。楼の上からさす火の光が、かすかに、その男の右の頬をぬらしている。短い鬚の中に、赤くうみを持った面皰にきびのある頬である。下人は、始めから、この上にいる者は、死人ばかりだと高をくくっていた。それが、梯子を二三段上って見ると、上では誰か火をとぼして、しかもその火をそこここと動かしているらしい。これは、その濁った、黄いろい光が、隅々に蜘蛛くもの巣をかけた天井裏に、揺れながら映ったので、すぐにそれと知れたのである。この雨の夜に、この羅生門の上で、火をともしているからは、どうせただの者ではない。
 下人は、守宮やもりのように足音をぬすんで、やっと急な梯子を、一番上の段まで這うようにして上りつめた。そうして体を出来るだけ、たいらにしながら、頸を出来るだけ、前へ出して、恐る恐る、楼の内をのぞいて見た。

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