2015年9月6日日曜日

夏目漱石 『坊っちゃん』 10-07

夏目漱石 『坊っちゃん』 十
Soseki Natsume Botchan

 式の時はさほどでもなかったが、今度は大変な人出だ。田舎にもこんなに人間が住んでるかとおどろいたぐらいうじゃうじゃしている。


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 式の時はさほどでもなかったが、今度は大変な人出だ。田舎にもこんなに人間が住んでるかとおどろいたぐらいうじゃうじゃしている。利口りこうな顔はあまり見当らないが、数から云うとたしかに馬鹿に出来ない。そのうち評判の高知の何とか踴が始まった。踴というから藤間か何ぞのやる踴りかと早合点していたが、これは大間違いであった。
 いかめしい後鉢巻うしろはちまきをして、ばかま穿いた男が十人ばかりずつ、舞台の上に三列にならんで、その三十人がことごとく抜き身をげているには魂消たまげた。前列と後列の間はわずか一尺五寸ぐらいだろう、左右の間隔かんかくはそれより短いとも長くはない。たった一人列をはなれて舞台のはしに立ってるのがあるばかりだ。この仲間はずれの男は袴だけはつけているが、後鉢巻は倹約して、抜身の代りに、胸へ太鼓たいこけている。太鼓は太神楽だいかぐらの太鼓と同じ物だ。この男がやがて、いやあ、はああと呑気のんきな声を出して、妙なうたをうたいながら、太鼓をぼこぼん、ぼこぼんとたたく。歌の調子は前代未聞の不思議なものだ。三河万歳みかわまんざい普陀洛ふだらくやの合併がっぺいしたものと思えば大した間違いにはならない。


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