2015年9月18日金曜日

夏目漱石 『二百十日』 02-04

夏目漱石 『二百十日』 二
Natsume Sōseki
Nihyaku-tōka(The 210th Day) 

「だから柔弱にゅうじゃくでいけない。僕なぞは学資に窮した時、一日に白米二合で……


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「だから柔弱にゅうじゃくでいけない。僕なぞは学資に窮した時、一日に白米二合で間に合せた事がある」
せたろう」と碌さんが気の毒な事を聞く。
「そんなに痩せもしなかったがただしらみいたには困った。――君、虱が湧いた事があるかい」
「僕はないよ。身分が違わあ」
「まあ経験して見たまえ。そりゃ容易にり尽せるもんじゃないぜ」
「煮え湯で洗濯せんたくしたらよかろう」
「煮え湯? 煮え湯ならいいかも知れない。しかし洗濯するにしてもただでは出来ないからな」
「なあるほど、ぜにが一もんもないんだね」
「一文もないのさ」
「君どうした」
「仕方がないから、襯衣シャツを敷居の上へ乗せて、手頃な丸い石を拾って来て、こつこつたたいた。そうしたらしらみが死なないうちに、襯衣が破れてしまった」
「おやおや」
「しかもそれを宿のかみさんが見つけて、僕に退去を命じた」
「さぞ困ったろうね」
「なあに困らんさ、そんな事で困っちゃ、今日まで生きていられるものか。これから追い追い華族や金持ちを豆腐屋にするんだからな。滅多めったに困っちゃ仕方がない」
「すると僕なんぞも、今に、とおふい、油揚あぶらげ、がんもどきと怒鳴どなって、あるかなくっちゃならないかね」


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