2015年9月6日日曜日

夏目漱石 『坊っちゃん』 11-01

夏目漱石 『坊っちゃん』 十一
Soseki Natsume Botchan

 あくる日が覚めてみると、身体中からだじゅう痛くてたまらない。


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 あくる日が覚めてみると、身体中からだじゅう痛くてたまらない。久しく喧嘩けんかをしつけなかったから、こんなに答えるんだろう。これじゃあんまり自慢じまんもできないととこの中で考えていると、ばあさんが四国新聞を持ってきて枕元まくらもとへ置いてくれた。実は新聞を見るのも退儀たいぎなんだが、男がこれしきの事に閉口へこたれて仕様があるものかと無理に腹這はらばいになって、ながら、二頁を開けてみるとおどろいた。昨日の喧嘩がちゃんと出ている。喧嘩の出ているのは驚ろかないのだが、中学の教師堀田某ほったぼうと、近頃ちかごろ東京から赴任ふにんした生意気なる某とが、順良なる生徒を使嗾しそうしてこの騒動そうどう喚起かんきせるのみならず、両人は現場にあって生徒を指揮したる上、みだりに師範生にむかって暴行をほしいままにしたりと書いて、次にこんな意見が附記ふきしてある。本県の中学は昔時せきじより善良温順の気風をもって全国の羨望せんぼうするところなりしが、軽薄けいはくなる二豎子じゅしのために吾校わがこうの特権を毀損きそんせられて、この不面目を全市に受けたる以上は、吾人ごじん奮然ふんぜんとしてってその責任を問わざるを得ず。吾人は信ず、吾人が手を下す前に、当局者は相当の処分をこの無頼漢ぶらいかんの上に加えて、彼等かれらをして再び教育界に足を入るる余地なからしむる事を。そうして一字ごとにみんな黒点を加えて、おきゅうえたつもりでいる。おれは床の中で、くそでもらえといながら、むっくり飛び起きた。不思議な事に今まで身体の関節ふしぶしが非常に痛かったのが、飛び起きると同時に忘れたように軽くなった。

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