夏目漱石 『二百十日』 02-10
夏目漱石 『二百十日』 二
Natsume Sōseki
Nihyaku-tōka(The 210th Day)
「時にあの髯を抜いてた爺さんが手拭をさげてやって来たぜ」
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「時にあの髯を抜いてた爺さんが手拭をさげてやって来たぜ」
「ちょうど好いから君一つ聞いて見たまえ」
「僕はもう湯気に上がりそうだから、出るよ」
「まあ、いいさ、出ないでも。君がいやなら僕が聞いて見るから、もう少し這入っていたまえ」
「おや、あとから竹刀と小手がいっしょに来たぜ」
「どれ。なるほど、揃って来た。あとから、まだ来るぜ。やあ婆さんが来た。婆さんも、この湯槽へ這入るのかな」
「僕はともかくも出るよ」
「婆さんが這入るなら、僕もともかくも出よう」
風呂場を出ると、ひやりと吹く秋風が、袖口からすうと這入って、素肌を臍のあたりまで吹き抜けた。出臍の圭さんは、はっくしょうと大きな苦沙弥を無遠慮にやる。上がり口に白芙蓉が五六輪、夕暮の秋を淋しく咲いている。見上げる向では阿蘇の山がごううごううと遠くながら鳴っている。
「あすこへ登るんだね」と碌さんが云う。
「鳴ってるぜ。愉快だな」と圭さんが云う。
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