2015年9月18日金曜日

夏目漱石 『二百十日』 02-10

夏目漱石 『二百十日』 二
Natsume Sōseki
Nihyaku-tōka(The 210th Day) 

「時にあのひげを抜いてた爺さんが手拭てぬぐいをさげてやって来たぜ」


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「時にあのひげを抜いてた爺さんが手拭てぬぐいをさげてやって来たぜ」
「ちょうど好いから君一つ聞いて見たまえ」
「僕はもう湯気ゆけに上がりそうだから、出るよ」
「まあ、いいさ、出ないでも。君がいやなら僕が聞いて見るから、もう少し這入はいっていたまえ」
「おや、あとから竹刀しない小手こてがいっしょに来たぜ」
「どれ。なるほど、そろって来た。あとから、まだ来るぜ。やあ婆さんが来た。婆さんも、この湯槽ゆぶねへ這入るのかな」
「僕はともかくも出るよ」
「婆さんが這入るなら、僕もともかくも出よう」
 風呂場を出ると、ひやりと吹く秋風が、袖口からすうと這入って、素肌すはだへそのあたりまで吹き抜けた。出臍でべその圭さんは、はっくしょうと大きな苦沙弥くしゃみを無遠慮にやる。上がり口に白芙蓉はくふようが五六輪、夕暮の秋を淋しく咲いている。見上げるむこうでは阿蘇あその山がごううごううと遠くながら鳴っている。
「あすこへ登るんだね」と碌さんが云う。
「鳴ってるぜ。愉快だな」と圭さんが云う。


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