2015年9月9日水曜日

芥川龍之介 『鼻』 08

芥川龍之介 『鼻』
Ryūnosuke Akutagawa The Nose

その法と云うのは、ただ、湯で鼻をでて、その鼻を人に踏ませると云う、極……





 その法と云うのは、ただ、湯で鼻をでて、その鼻を人に踏ませると云う、極めて簡単なものであった。
 湯は寺の湯屋で、毎日沸かしている。そこで弟子の僧は、指も入れられないような熱い湯を、すぐにひさげに入れて、湯屋から汲んで来た。しかしじかにこの提へ鼻を入れるとなると、湯気に吹かれて顔を火傷やけどするおそれがある。そこで折敷おしきへ穴をあけて、それを提のふたにして、その穴から鼻を湯の中へ入れる事にした。鼻だけはこの熱い湯の中へひたしても、少しも熱くないのである。しばらくすると弟子の僧が云った。
 ――もうゆだった時分でござろう。
 内供は苦笑した。これだけ聞いたのでは、誰も鼻の話とは気がつかないだろうと思ったからである。鼻は熱湯にされて、のみの食ったようにむずがゆい。

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