2015年9月14日月曜日

夏目漱石 『二百十日』 01-05

夏目漱石 『二百十日』
Natsume Sōseki Nihyaku-tōka(The 210th Day) 


「すると、門前の豆腐屋がきっと起きて、雨戸を明ける。



前へ

「すると、門前の豆腐屋がきっと起きて、雨戸を明ける。ぎっぎっと豆をうすく音がする。ざあざあと豆腐の水をえる音がする」
「君のうちは全体どこにあるわけだね」
「僕のうちは、つまり、そんな音が聞える所にあるのさ」
「だから、どこにある訳だね」
「すぐそばさ」
「豆腐屋のむこうか、隣りかい」
「なに二階さ」
「どこの」
「豆腐屋の二階さ」
「へええ。そいつは……」と碌さん驚ろいた。
「僕は豆腐屋の子だよ」
「へええ。豆腐屋かい」と碌さんは再び驚ろいた。
「それから垣根の朝顔が、茶色に枯れて、引っ張るとがらがら鳴る時分、白いもやが一面に降りて、町のはずれの瓦斯灯ガスとうがちらちらすると思うとまたかねが鳴る。かんかん竹の奥でえて鳴る。それから門前の豆腐屋がこの鉦を合図に、腰障子こししょうじをはめる」
「門前の豆腐屋と云うが、それが君のうちじゃないか」
「僕のうち、すなわち門前の豆腐屋が腰障子をはめる。かんかんと云う声を聞きながら僕は二階へ上がって布団ふとんを敷いてる。――僕のうちの吉原揚よしはらあげうまかった。近所で評判だった」


次へ

0 件のコメント:

コメントを投稿