2015年9月9日水曜日

芥川龍之介 『鼻』 06

芥川龍之介 『鼻』
Ryūnosuke Akutagawa The Nose


 最後に、内供は、内典外典ないてんげてんの中に、自分と同じような鼻のある人物を見出……



 最後に、内供は、内典外典ないてんげてんの中に、自分と同じような鼻のある人物を見出して、せめても幾分の心やりにしようとさえ思った事がある。けれども、目連もくれんや、舎利弗しゃりほつの鼻が長かったとは、どの経文にも書いてない。勿論竜樹りゅうじゅ馬鳴めみょうも、人並の鼻を備えた菩薩ぼさつである。内供は、震旦しんたんの話のついで蜀漢しょくかん劉玄徳りゅうげんとくの耳が長かったと云う事を聞いた時に、それが鼻だったら、どのくらい自分は心細くなくなるだろうと思った。
 内供がこう云う消極的な苦心をしながらも、一方ではまた、積極的に鼻の短くなる方法を試みた事は、わざわざここに云うまでもない。内供はこの方面でもほとんど出来るだけの事をした。烏瓜からすうりせんじて飲んで見た事もある。鼠の尿いばりを鼻へなすって見た事もある。しかし何をどうしても、鼻は依然として、五六寸の長さをぶらりと唇の上にぶら下げているではないか。

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