2015年9月14日月曜日

夏目漱石 『二百十日』 01-10

夏目漱石 『二百十日』 
Natsume Sōseki Nihyaku-tōka(The 210th Day) 



  圭さんは再びふふんと云った。しばらくして、


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 圭さんは再びふふんと云った。しばらくして、
「そんな気違を増長させるくらいなら、世の中に生れて来ない方がいい」とひとごとのようにつけた。
 村鍛冶の音は、会話が切れるたびに静かな里のはじから端までかあんかあんと響く。
「しきりにかんかんやるな。どうも、あの音は寒磬寺かんけいじかねに似ている」
「妙に気に掛るんだね。その寒磬寺の鉦の音と、気違の豆腐屋とでも何か関係があるのかい。――全体君が豆腐屋のせがれから、今日こんにちまでに変化した因縁いんねんはどう云う筋道なんだい。少し話して聞かせないか」
「聞かせてもいいが、何だか寒いじゃないか。ちょいと夕飯ゆうめし前に温泉這入はいろう。君いやか」
「うん這入ろう」
 圭さんと碌さんは手拭てぬぐいをぶら下げて、庭へ降りる。棕梠緒しゅろお貸下駄かしげたには都らしく宿の焼印やきいんが押してある。


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