2015年9月8日火曜日

森鴎外 『高瀬舟』 02-03


森鴎外 『高瀬舟』
Mori Ōgai Takasebune
 
 庄兵衛は心の内に思った。これまでこの高瀬舟の宰領をしたことは幾たび……

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 庄兵衛は心の内に思った。これまでこの高瀬舟の宰領をしたことは幾たびだか知れない。しかし載せてゆく罪人は、いつもほとんど同じように、目も当てられぬ気の毒な様子をしていた。それにこの男はどうしたのだろう。遊山船ゆさんぶねにでも乗ったような顔をしている。罪は弟を殺したのだそうだが、よしやその弟が悪いやつで、それをどんなゆきがかりになって殺したにせよ、人のじょうとしていい心持ちはせぬはずである。この色の青いやせ男が、その人の情というものが全く欠けているほどの、世にもまれな悪人であろうか。どうもそうは思われない。ひょっと気でも狂っているのではあるまいか。いやいや。それにしては何一つつじつまの合わぬことばや挙動がない。この男はどうしたのだろう。庄兵衛がためには喜助の態度が考えれば考えるほどわからなくなるのである。

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【遊山船】
 舟遊び,遊覧に用いる舟屋.屋形船(屋根のある家の形をしたものが設けられた舟).

【情】
 物事に感じて起こる心の働き.

【心持ち】
 (1)物事を見聞し,何かを感じ取った心の状態.
 (2)気持ち.気分.
 (3)ほんの少し(副詞的に用いる)

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