2015年9月25日金曜日

夏目漱石 『二百十日』 03-07

夏目漱石 『二百十日』 三
Natsume Sōseki
Nihyaku-tōka(The 210th Day) 

「いやあ、こいつはさかんだ。おい君早く出て見たまえ。大変だよ」


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「いやあ、こいつはさかんだ。おい君早く出て見たまえ。大変だよ」
「大変だ? 大変じゃ出て見るかな。どれ。――いやあ、こいつは――なるほどえらいものだね――あれじゃとうてい駄目だ」
「何が」
「何がって、――登る途中で焼き殺されちまうだろう」
「馬鹿を云っていらあ。夜だから、ああ見えるんだ。実際昼間から、あのくらいやってるんだよ。ねえ、姉さん」
「ねえ」
「ねえかも知れないが危険だぜ。ここにこうしていても何だか顔が熱いようだ」と碌さんは、自分のほっぺたをで廻す。
大袈裟おおげさな事ばかり云う男だ」
「だって君の顔だって、赤く見えるぜ。そらそこの垣の外に広い稲田があるだろう。あの青い葉が一面に、こう照らされているじゃないか」
うそばかり、あれは星のひかりで見えるのだ」
「星のひかりと火のひかりとはおもむきが違うさ」
「どうも、君もよほど無学だね。君、あの火は五六里先きにあるのだぜ」
「何里先きだって、向うの方の空が一面に真赤になってるじゃないか」と碌さんはむこうをゆびさして大きな輪を指の先でえがいて見せる。
「よるだもの」
「夜だって……」


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