2015年9月18日金曜日

夏目漱石 『二百十日』 02-03

夏目漱石 『二百十日』 二
Natsume Sōseki
Nihyaku-tōka(The 210th Day) 

「ともかくも六時に起きて……」


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「ともかくも六時に起きて……」
「六時に起きる?」
「六時に起きて、七時半に湯から出て、八時に飯を食って、八時半に便所から出て、そうして宿を出て、十一時に阿蘇神社あそじんじゃ参詣さんけいして、十二時から登るのだ」
「へえ、誰が」
「僕と君がさ」
「何だか君一人ひとりで登るようだぜ」
「なに構わない」
「ありがたい仕合せだ。まるで御供おとものようだね」
「うふん。時に昼は何を食うかな。やっぱり饂飩うどんにして置くか」と圭さんが、あすの昼飯ひるめしの相談をする。
「饂飩はよすよ。ここいらの饂飩はまるで杉箸すぎばしを食うようで腹が突張つっぱってたまらない」
「では蕎麦そばか」
「蕎麦も御免だ。僕は麺類めんるいじゃ、とてもしのげない男だから」
「じゃ何を食うつもりだい」
「何でも御馳走ごちそうが食いたい」
阿蘇あその山の中に御馳走があるはずがないよ。だからこの際、ともかくも饂飩で間に合せて置いて……」
「この際は少し変だぜ。この際た、どんな際なんだい」
「剛健な趣味を養成するための旅行だから……」
「そんな旅行なのかい。ちっとも知らなかったぜ。剛健はいいが饂飩はひらに不賛成だ。こう見えても僕は身分がいんだからね」


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