2015年9月9日水曜日

芥川龍之介 『鼻』 03

芥川龍之介 『鼻』
Ryūnosuke Akutagawa The Nose


 池の尾の町の者は、こう云う鼻をしている禅智内供のために、内供の俗で……




 池の尾の町の者は、こう云う鼻をしている禅智内供のために、内供の俗でない事を仕合せだと云った。あの鼻では誰も妻になる女があるまいと思ったからである。中にはまた、あの鼻だから出家しゅっけしたのだろうと批評する者さえあった。しかし内供は、自分が僧であるために、幾分でもこの鼻にわずらわされる事が少くなったと思っていない。内供の自尊心は、妻帯と云うような結果的な事実に左右されるためには、余りにデリケイトに出来ていたのである。そこで内供は、積極的にも消極的にも、この自尊心の毀損きそん恢復かいふくしようと試みた。

0 件のコメント:

コメントを投稿