2015年9月14日月曜日

夏目漱石 『二百十日』 01-09

夏目漱石 『二百十日』
Natsume Sōseki Nihyaku-tōka(The 210th Day) 



 圭さんは腕組をしたままふふんと云った。村鍛冶の音は不相変あいかわらずかあんか

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 圭さんは腕組をしたままふふんと云った。村鍛冶の音は不相変あいかわらずかあんかあんと鳴る。
「まだ、かんかんってる。――おい僕の腕は太いだろう」と圭さんは突然腕まくりをして、黒いやつを碌さんの前にしつけた。
「君の腕は昔から太いよ。そうして、いやに黒いね。豆をいた事があるのかい」
「豆も磨いた、水もんだ。――おい、君粗忽そこつで人の足を踏んだらどっちがあやまるものだろう」
「踏んだ方が謝まるのが通則のようだな」
「突然、人の頭を張りつけたら?」
「そりゃ気違きちがいだろう」
気狂きちがいなら謝まらないでもいいものかな」
「そうさな。謝まらさす事が出来れば、謝まらさす方がいいだろう」
「それを気違の方で謝まれって云うのは驚ろくじゃないか」
「そんな気違があるのかい」
「今の豆腐屋れんはみんな、そう云う気違ばかりだよ。人を圧迫した上に、人に頭を下げさせようとするんだぜ。本来ならむこうが恐れ入るのが人間だろうじゃないか、君」
「無論それが人間さ。しかし気違の豆腐屋なら、うっちゃって置くよりほかに仕方があるまい」

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