2015年4月1日水曜日

夏目漱石 『坊っちゃん』 01-01


夏目漱石 『坊っちゃん』 一
Soseki Natsume Botchan


親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている.小学校に居る時分……



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 親譲おやゆずりの無鉄砲むてっぽう小供こどもの時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇むやみをしたと聞く人があるかも知れぬ。
別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談じょうだんに、いくら威張いばっても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。とはやしたからである。小使こづかいに負ぶさって帰って来た時、おやじが大きな眼をして二階ぐらいから飛び降りて腰を抜かすやつがあるかとったから、この次は抜かさずに飛んで見せます
と答えた。
 親類のものから西洋製のナイフをもらって奇麗きれいな刃を日にかざして、友達に見せていたら、一人が光る事は光るが切れそうもないと云った。切れぬ事があるか、何でも切ってみせると受け合った。そんなら君の指を切ってみろと注文したから、何だ指ぐらいこの通りだと右の手の親指のこうをはすに切りんだ。さいわいナイフが小さいのと、親指の骨が堅かたかったので、今だに親指は手に付いている。しかし創痕きずあとは死ぬまで消えぬ。

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【無鉄砲(むてっぽう)
 理非や前後を顧みず,むやみに事をすること,またはそのようにする人.むこうみず.無手っ法(むてっぽう)や無点法(むてんぽう)が正式.

【小供(こども)
 子供.作者が好んで用いる単語だが,なぜこう書くのかはよくわからない.歴史的な漢字表記移り変わ成人してなりは「子等」→「子共」→「子供」であるので,昔の表記というわけではない.「子」には「大人に対しての幼いこども」と「親の立場から見た自分や人のこども」の2つの意味がある.
鉄道運賃の「大人」と「小人(しょうにん)」の関係からすると,「小供」は大人に対してのこどもを意味していると考えることもできる.本来「子供」は「子(親からみた自分の子や人の子)」の複数形を表しており,次第に若い人々一般を指すようになり,単数の意味も表すようになった.

【腰を抜かす】
 腰に衝撃を受けて,立つことができない.驚きのあまり立ち上がる気力をなくす.夢中になる.

【小使】
 身の回りの雑用に従事する人.召使とか女中など.

【はすに】
ななめに.斜に(しゃに/はすに)

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