夏目漱石 『坊っちゃん』 二
Soseki Natsume Botchan
学校は昨日車で乗りつけたから、大概の見当は分っている。
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学校は昨日車で乗りつけたから、大概の見当は分っている。四つ角を二三度曲がったらすぐ門の前へ出た。門から玄関までは御影石で敷きつめてある。きのうこの敷石の上を車でがらがらと通った時は、無暗に仰山な音がするので少し弱った。途中から小倉の制服を着た生徒にたくさん逢ったが、みんなこの門をはいって行く。中にはおれより背が高くって強そうなのが居る。あんな奴を教えるのかと思ったら何だか気味が悪るくなった。名刺を出したら校長室へ通した。校長は薄髯のある、色の黒い、目の大きな狸のような男である。やにもったいぶっていた。まあ精出して勉強してくれと云って、恭しく大きな印の捺った、辞令を渡した。この辞令は東京へ帰るとき丸めて海の中へ抛り込んでしまった。校長は今に職員に紹介してやるから、一々その人にこの辞令を見せるんだと云って聞かした。余計な手数だ。そんな面倒な事をするよりこの辞令を三日間職員室へ張り付ける方がましだ。
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【四つ角】
日本の道路が交わっているところ.
【御影石】
花崗岩から作られる石材のこと.比較的白い色をしている.
【敷石】
地面に敷かれた石.
【仰山な】
大げさで甚だしい.
【小倉】
小倉織(こくらおり)のこと.
【恭しく】
相手を敬い丁重である.
【捺った】
(印が)おされた.
【辞令】
役職などを任せたり辞めさたりすることが書かれた,対象者本人に渡す文章.
【手数】
めんどうなこと.
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