2015年9月5日土曜日

夏目漱石 『坊っちゃん』 06-06

夏目漱石 『坊っちゃん』 六
Soseki Natsume Botchan

 午後は、先夜おれに対して無礼を働いた寄宿生の処分法についての会議だ。



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 午後は、先夜おれに対して無礼を働いた寄宿生の処分法についての会議だ。会議というものは生れて始めてだからとんと容子ようすが分らないが、職員が寄って、たかって自分勝手な説をたてて、それを校長が好い加減にまとめるのだろう。纏めるというのは黒白こくびゃくの決しかねる事柄ことがらについて云うべき言葉だ。この場合のような、誰が見たって、不都合としか思われない事件に会議をするのは暇潰ひまつぶしだ。誰が何と解釈したって異説の出ようはずがない。こんな明白なのは即座そくざに校長が処分してしまえばいいに。随分ずいぶん決断のない事だ。校長ってものが、これならば、何の事はない、らない愚図ぐずの異名だ。
 会議室は校長室のとなりにある細長い部屋で、平常は食堂の代理を勤める。黒い皮で張った椅子いすが二十きゃくばかり、長いテーブルの周囲にならんでちょっと神田の西洋料理屋ぐらいな格だ。そのテーブルのはじに校長がすわって、校長の隣りに赤シャツが構える。あとは勝手次第に席に着くんだそうだが、体操たいそうの教師だけはいつも席末に謙遜けんそんするという話だ。おれは様子が分らないから、博物の教師と漢学の教師の間へはいりんだ。向うを見ると山嵐と野だが並んでる。野だの顔はどう考えても劣等だ。喧嘩はしても山嵐の方がはるかにおもむきがある。おやじの葬式そうしきの時に小日向こびなた養源寺ようげんじ座敷ざしきにかかってた懸物はこの顔によく似ている。坊主ぼうずに聞いてみたら韋駄天いだてんと云う怪物だそうだ。今日はおこってるから、眼をぐるぐる廻しちゃ、時々おれの方を見る。そんな事で威嚇おどかされてたまるもんかと、おれも負けない気で、やっぱり眼をぐりつかせて、山嵐をにらめてやった。おれの眼は恰好かっこうはよくないが、大きい事においては大抵な人には負けない。あなたは眼が大きいから役者になるときっと似合いますと清がよく云ったくらいだ。


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