夏目漱石 『坊っちゃん』 06-06
夏目漱石 『坊っちゃん』 六
Soseki Natsume Botchan
午後は、先夜おれに対して無礼を働いた寄宿生の処分法についての会議だ。
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午後は、先夜おれに対して無礼を働いた寄宿生の処分法についての会議だ。会議というものは生れて始めてだからとんと容子が分らないが、職員が寄って、たかって自分勝手な説をたてて、それを校長が好い加減に纏めるのだろう。纏めるというのは黒白の決しかねる事柄について云うべき言葉だ。この場合のような、誰が見たって、不都合としか思われない事件に会議をするのは暇潰しだ。誰が何と解釈したって異説の出ようはずがない。こんな明白なのは即座に校長が処分してしまえばいいに。随分決断のない事だ。校長ってものが、これならば、何の事はない、煮え切らない愚図の異名だ。
会議室は校長室の隣りにある細長い部屋で、平常は食堂の代理を勤める。黒い皮で張った椅子が二十脚ばかり、長いテーブルの周囲に並んでちょっと神田の西洋料理屋ぐらいな格だ。そのテーブルの端に校長が坐って、校長の隣りに赤シャツが構える。あとは勝手次第に席に着くんだそうだが、体操の教師だけはいつも席末に謙遜するという話だ。おれは様子が分らないから、博物の教師と漢学の教師の間へはいり込んだ。向うを見ると山嵐と野だが並んでる。野だの顔はどう考えても劣等だ。喧嘩はしても山嵐の方が遥かに趣がある。おやじの葬式の時に小日向の養源寺の座敷にかかってた懸物はこの顔によく似ている。坊主に聞いてみたら韋駄天と云う怪物だそうだ。今日は怒ってるから、眼をぐるぐる廻しちゃ、時々おれの方を見る。そんな事で威嚇かされてたまるもんかと、おれも負けない気で、やっぱり眼をぐりつかせて、山嵐をにらめてやった。おれの眼は恰好はよくないが、大きい事においては大抵な人には負けない。あなたは眼が大きいから役者になるときっと似合いますと清がよく云ったくらいだ。
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