2015年9月5日土曜日

夏目漱石 『坊っちゃん』 04-08

夏目漱石 『坊っちゃん』 四
Soseki Natsume Botchan

 おれが宿直部屋へ連れてきた奴を詰問きつもんし始めると、豚は、っても擲いても豚だから、ただ知らんがなで、どこまでも通す了見と見えて、けっして白状しない。


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 おれが宿直部屋へ連れてきた奴を詰問きつもんし始めると、豚は、っても擲いても豚だから、ただ知らんがなで、どこまでも通す了見と見えて、けっして白状しない。そのうち一人来る、二人来る、だんだん二階から宿直部屋へ集まってくる。見るとみんなねむそうにまぶたをはらしている。けちな奴等だ。一晩ぐらい寝ないで、そんな面をして男と云われるか。面でも洗って議論に来いと云ってやったが、誰も面を洗いに行かない。
 おれは五十人あまりを相手に約一時間ばかり押問答おしもんどうをしていると、ひょっくり狸がやって来た。あとから聞いたら、小使が学校に騒動がありますって、わざわざ知らせに行ったのだそうだ。これしきの事に、校長を呼ぶなんて意気地がなさ過ぎる。それだから中学校の小使なんぞをしてるんだ。
 校長はひと通りおれの説明を聞いた。生徒の言草いいぐさもちょっと聞いた。追って処分するまでは、今まで通り学校へ出ろ。早く顔を洗って、朝飯を食わないと時間に間に合わないから、早くしろと云って寄宿生をみんな放免ほうめんした。手温てぬるい事だ。おれなら即席そくせきに寄宿生をことごとく退校してしまう。こんな悠長ゆうちょうな事をするから生徒が宿直員を馬鹿にするんだ。その上おれに向って、あなたもさぞご心配でお疲れでしょう、今日はご授業におよばんと云うから、おれはこう答えた。「いえ、ちっとも心配じゃありません。こんな事が毎晩あっても、命のある間は心配にゃなりません。授業はやります、一晩ぐらい寝なくって、授業が出来ないくらいなら、頂戴ちょうだいした月給を学校の方へ割戻わりもどします」校長は何と思ったものか、しばらくおれの顔を見つめていたが、しかし顔が大分はれていますよと注意した。なるほど何だか少々重たい気がする。その上べた一面かゆい。蚊がよっぽとしたに相違ない。おれは顔中ぼりぼりきながら、顔はいくられたって、口はたしかにきけますから、授業には差しつかえませんと答えた。校長は笑いながら、大分元気ですねとめた。実を云うと賞めたんじゃあるまい、ひやかしたんだろう。


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