2015年9月6日日曜日

夏目漱石 『坊っちゃん』 08-02

夏目漱石 『坊っちゃん』 八
Soseki Natsume Botchan

 山嵐とおれが絶交の姿となったに引きえて、赤シャツとおれは依然いぜんとして在来の関係を保って、交際をつづけている。

前へ

 山嵐とおれが絶交の姿となったに引きえて、赤シャツとおれは依然いぜんとして在来の関係を保って、交際をつづけている。野芹川でった翌日などは、学校へ出ると第一番におれのそばへ来て、君今度の下宿はいいですかのまたいっしょに露西亜ロシア文学をりに行こうじゃないかのといろいろな事を話しかけた。おれは少々にくらしかったから、昨夜ゆうべは二返逢いましたねとったら、ええ停車場ていしゃばで――君はいつでもあの時分出掛でかけるのですか、遅いじゃないかと云う。野芹川の土手でもお目にかかりましたねとらわしてやったら、いいえぼくはあっちへは行かない、湯にはいって、すぐ帰ったと答えた。何もそんなにかくさないでもよかろう、現に逢ってるんだ。よくうそをつく男だ。これで中学の教頭が勤まるなら、おれなんか大学総長がつとまる。おれはこの時からいよいよ赤シャツを信用しなくなった。信用しない赤シャツとは口をきいて、感心している山嵐とは話をしない。世の中は随分妙ずいぶんみょうなものだ。
 ある日の事赤シャツがちょっと君に話があるから、僕のうちまで来てくれと云うから、しいと思ったが温泉行きを欠勤して四時ごろ出掛けて行った。赤シャツは一人ものだが、教頭だけに下宿はとくのむかしに引きはらって立派な玄関げんかんを構えている。家賃は九円五拾銭じっせんだそうだ。田舎いなかへ来て九円五拾銭払えばこんな家へはいれるなら、おれも一つ奮発ふんぱつして、東京から清を呼び寄せて喜ばしてやろうと思ったくらいな玄関だ。頼むと云ったら、赤シャツの弟が取次とりつぎに出て来た。この弟は学校で、おれに代数と算術を教わる至って出来のわるい子だ。その癖渡くせわたりものだから、生れ付いての田舎者よりも人がるい。


次へ

0 件のコメント:

コメントを投稿