2015年9月5日土曜日

夏目漱石 『坊っちゃん』 04-04

夏目漱石 『坊っちゃん』 四
Soseki Natsume Botchan

 それから日はすぐくれる。



前へ

 それから日はすぐくれる。くれてから二時間ばかりは小使を宿直部屋へ呼んで話をしたが、それもきたから、寝られないまでもとこへはいろうと思って、寝巻に着換きがえて、蚊帳かやくって、赤い毛布けっとねのけて、とんと尻持しりもちいて、仰向あおむけになった。おれが寝るときにとんと尻持をつくのは小供の時からのくせだ。わるい癖だと云って小川町おがわまちの下宿に居た時分、二階下に居た法律学校の書生が苦情を持ちんだ事がある。法律の書生なんてものは弱い癖に、やに口が達者なもので、な事を長たらしく述べ立てるから、寝る時にどんどん音がするのはおれの尻がわるいのじゃない。下宿の建築が粗末そまつなんだ。ケ合うなら下宿へ掛ケ合えとへこましてやった。この宿直部屋は二階じゃないから、いくら、どしんとたおれても構わない。なるべくいきおいよく倒れないと寝たような心持ちがしない。ああ愉快だと足をうんと延ばすと、何だか両足へ飛び付いた。ざらざらしてのみのようでもないからこいつあとおどろいて、足を二三度毛布けっとの中でってみた。するとざらざらと当ったものが、急にえ出してすねが五六カ所、ももが二三カ所、尻の下でぐちゃりとつぶしたのが一つ、へその所まで飛び上がったのが一つ――いよいよ驚ろいた。早速さっそく起きあがって、毛布けっとをぱっと後ろへほうると、蒲団の中から、バッタが五六十飛び出した。正体の知れない時は多少気味がるかったが、バッタと相場がまってみたら急に腹が立った。バッタの癖に人を驚ろかしやがって、どうするか見ろと、いきなりくくまくらを取って、二三度たたきつけたが、相手が小さ過ぎるから勢よくげつける割に利目ききめがない。仕方がないから、また布団の上へすわって、煤掃すすはきの時にござを丸めてたたみたたくように、そこら近辺を無暗にたたいた。バッタが驚ろいた上に、枕の勢で飛び上がるものだから、おれのかただの、頭だの鼻の先だのへくっ付いたり、ぶつかったりする。顔へ付いたやつは枕で叩く訳に行かないから、手でつかんで、一生懸命に擲きつける。忌々いまいましい事に、いくら力を出しても、ぶつかる先が蚊帳だから、ふわりと動くだけで少しも手答がない。バッタは擲きつけられたまま蚊帳へつらまっている。死にもどうもしない。ようやくの事に三十分ばかりでバッタは退治たいじた。ほうきを持って来てバッタの死骸しがいを掃き出した。小使が来て何ですかと云うから、何ですかもあるもんか、バッタを床の中にっとく奴がどこの国にある。間抜まぬけめ。としかったら、私は存じませんと弁解をした。存じませんで済むかと箒を椽側えんがわほうり出したら、小使は恐る恐る箒を担いで帰って行った。

次へ

0 件のコメント:

コメントを投稿